我が家のアジサイと虫

うちのアジサイも綺麗に咲いた。

今年はより綺麗に咲いたように思う。

長雨が多かったせいだろうか?

この家に引っ越した時から植わってたやつなんですが、毎年律儀に花を咲かせてくれる。

雲間から見える天狗山とクロガネ峠もいいもんだ。

ソムギ山のお膝元で暮らせるなんて、奥美濃を歩く者としては本当に幸せでございます。

先日、村の草刈があって久しぶりに常8さん所へご飯を呼ばれに上がりこみました。

オッカアの料理はおいしい。

食べきれん量が出てきました。

しかも地のものばかり。

まぁまぁそこで色んな話をしたのですが、

「お前も山が好きじゃっていったって、どうせ1年で飽きると思っとったけどアホじゃ。男とチチクリおうて登るんが楽しいんか知らんが、お前はアホじゃ。100名山とかの綺麗な山なら分かるけど、ここいらの腐れ山なんぞ登ったってしょうもないじゃろ。山でみんな苦労させられたらから、山なんてみんな大嫌いなんじゃ」

というような趣旨の悪口言われたけど、しっかり飯は食わせてくれるという、常8オジジのいつものパフォーマンス。

このことから読み取れるのは2つ。

やっぱり移住者はどれだけ田舎の生活が続くか、村の人は見てる。

この山で苦労して生活してきた人は、必ずしもこの辺の山が好きとは限らないんだよなぁ・・・

確かに最初に近所を挨拶で回ったときに、「道楽で山登りするなんて信じられん」って顔されてましたもんねぇ。

アラクラの急峻な尾根にも炭窯の跡があるくらいだし、おばあちゃん世代は、学校が終わったら山菜取りに手伝いに行かされたり、気持ちはわからんでもねぇ。

お姑さんに連れられて山菜取りに行って、冬でも冷たい水で紙漉きの作業させられて・・・

ワシら現代人が想像もつかない生活がそこにあったのは間違いない。

この辺の山から生活の糧を得ていた。

それを道楽で歩くなんて、地元の人からしたら意味不明なんだろうな。

そういう所がよそ者丸出しなんだろうなー。

ともあれ、時代は変わった。

過疎高齢化は地方の田舎を襲う。坂内はまだ人がいるほうだ。

だけど、憧れだけでは田舎に住めない。

坂内にも過去10人ほど農業やりたいと言って、移住してきた人がいたらしいけど、続かなかった。

よそもんは、そういう目で見られている。

コイツもいつまで持つかなと。

ふっふっふっ。

だがしかひ、甘いですよ?

揖斐の山に狂った私は、まだまだ行ってないところ沢山ありますからね。

言うて主要な尾根と谷しからシラナイ。

ソムギ山もまだまだ知らない所たくさんあるし。

こちらに引っ越してきて、はじめて横山ダムから天狗山の区間、広瀬から川上の区間、ここを通った時の山の迫力に打ちのめされた記憶は今でも覚えている。

徳山を塚まで抜けた時のあの辺りの景色の素晴らしさも覚えている。

いかんせん、土地に惹かれているので、仕事場が遠くてもやっぱり坂内に毎日帰りたい。

夕暮れに迫る丁子山はカッコイイ。奥からヒロセの部落を見下ろすソムギんもカッコイイ。みんなカッコイイんだ!(語彙力)

春、家の中はカメムシで溢れるけど、夏はヨコバエとハネアリでビッシリ埋め尽くされてながらも、こういうカッコイイ甲虫も飛び込んでくるから、ここでの暮らしはやめられんw